ガス検知用赤外線カメラを支える科学技術

検出器

ガス検知用赤外線カメラは、ガス検知の用途に高度に特化した赤外線カメラです。 このカメラにはレンズや検出器、また検出器からの信号を処理する様々な電子機器が搭載されています。さらに、カメラの画像を確認するためのファインダーや液晶ディスプレイも備えられています。ガス検知用赤外線(OGI)カメラに備えられた冷却型量子検出器は、極低温度(約-203℃)に維持する必要があります。中波カメラではメタンガスなどの検出が可能であり、通例、動作範囲は3~5μmであり、インジウムアンチモン(InSb)検出器が使用されています。長波カメラでは六フッ化硫黄ガスなどの検出が可能であり、一般に動作範囲は8~12μmであり、量子井戸型赤外線検出器(QWIP)が使用されています。

量子検出器に用いられる素材の温度が室温であれば、量子検出器の有する各電子のエネルギーレベルは不均一になります。タイプによっては、熱エネルギーが高く、伝導帯に入る性質の電子もあります。つまり、これらは自由電子であり、検出器の素材に電流が伝導します。 しかし大半の電子は非自由電子であるため、価電子帯に存在し、電流を一切伝導しません。

検出器の素材が所定の低温度まで冷却されると(所定温度は、使用材質に応じてそれぞれ異なります)、電子の熱エネルギーが極めて低くなり、伝導帯へ到達できなくなります。つまり、素材には電流が流れなくなります。これらの物質が入射光子に曝露され、光子が十分なエネルギーを有すると、エネルギーは価電子帯の電子を刺激して伝導帯へ移動させます。 これで検出器の素材は、光電流(入射光の強度に比例)を伝導できる状態になります。

入射光子のエネルギー閾値が適正値であれば、電子は価電子帯から伝導帯に遷移します。 入射光子エネルギーは、特定の波長(カットオフ波長)に関連しています。光子エネルギーはその波長に反比例するため、短波/中波帯のエネルギーは長波帯のエネルギーより高くなります。 つまり原則的に、長波検出器は短波/中波検出器より動作温度が低いということです。InSb中波検出器の所要温度は原則的に-100℃未満ですが、-100℃未満の極低温でも動作は可能です。一方、QWIP長波検出器は、通常、約-203℃以下で動作させる必要があります。入射光子の波長やエネルギーは、バンドギャップエネルギー(ΔE)より高くする必要があります。

冷却方法

標準的なガス検知用赤外線(OGI)カメラの検出器は、スターリング冷却器により冷却されます。スターリングプロセスでは、コールドフィンガー(図1)から熱を吸収し、ウォーム側で熱エネルギーを消散させます。 スターリング冷却器の冷却効率はそれほど高くありませんが、赤外線カメラ検出器の冷却能力としては十分なレベルです。

図1. 統合型スターリング冷却器にヘリウムガスを使用した場合、検出器は-196℃以下まで冷却が可能です。

画像の正規化

また、焦点面アレイ(FPA)の各検出器は、ゲインやゼロオフセットがそれぞれ微妙に異なることも複雑さの要因と言えます。適正な赤外線画像を得るには、それぞれ整合しないゲインやオフセットを補正して、ひとつの正規値に統一する必要があります。カメラソフトウェアを使用して、この多段階校正プロセスを実行します。この校正プロセスの最後に、「不均一性補正(NUC)」を実行します。測定カメラであれば、この校正処理はカメラにより自動で実行されます。ただし、OGIカメラには、均一な温度源を検出器に示す内蔵シャッターがないため、手動で校正処理を実行する必要があります。

最終的に赤外線画像が生成され、対象物や背景の相対温度が高精度に表示されます。対象物から反射してカメラへ戻る物体の放射率や放射線(反射見かけ温度)には、補償処理は実行されません。 つまり、熱放射源に一切左右されず、正確な放射強度の画像が得られます。

スペクトル適応

OGIカメラは、独自のスペクトルフィルター法の採用により、ガス化合物の検出能力があります。スペクトルフィルターは検出器前部に設置され、検出器と共に冷却されるため、フィルターと検出器の間での放射交換が一切起こりません。 スペクトルフィルターの働きにより、検出器を通過する放射線波長はごく狭い帯域(バンドパス)内に制限されることになります。これが「スペクトル適応」と呼ばれる技法です。

図2.ガス検知用赤外線カメラコアの内部設計

ガス赤外線吸収スペクトル

一般的なガス化合物であれば、各波長に応じて、赤外線の吸収特性はそれぞれ異なります。図3Aおよび3Bでは、プロパン/メタンの吸収ピーク(グラフ内の透過率線)が著しく低下していることが分かります。黄色の領域は、OGIカメラに適用したサンプルのスペクトルフィルターを表しています。このスペクトルフィルターの対応する波長範囲内では、通常、背景の赤外線エネルギーは目的とする特定ガスに吸収されます。

図3A. プロパンの赤外線吸収特性

図3B.メタンの赤外線吸収特性

大半の炭化水素は3.3μm付近のエネルギーを吸収する特性があることから、図3のサンプルフィルターにより多種多様なガスの検出が行えます。 各化合物(全400種類以上)の応答係数(RF)については、以下のサイトでご確認ください:http://rfcalc.providencephotonics.com.

エチレンには2つの強力な吸収帯があります。長波センサーでは以下の透過率曲線に基づき、中波センサーよりも高感度にエチレンガスの検出が行えます。

図4. エチレンの赤外線吸収特性

特殊なフィルター(ガスが非常に高い吸収スパイクや透過トラフを有する波長でのみ、カメラを動作させる特性のフィルター)を使用すると、ガスの可視性が向上します。煙状のガスの背後にある物体からは放射線が生じますが、この放射線の大部分はガスにブロックされる性質があります。

赤外線がガスに吸収される理由

力学的な見方をすると、ガスの分子はバネで互いに結びついた重り(下図5に示すボール)にたとえることができます。原子の個数、各原子のサイズや質量、バネの弾性定数などに応じて、分子は所定方向へ移動/軸に沿って振動/回転/歪み/拡張/揺れ動きなど、様々な挙動を示します。

最も単純な構造のガス分子は、「単一原子」と呼ばれるもので、例としては、ヘリウム(He)、ネオン(Ne)、クリプトン(Kr)があります。単一原子は振動や回転といった動きをしないため、一斉に一方向にしか移動しません。

図5.単一原子

単一原子の次に単純な構造の分子は、2つの原子から構成される「等核二原子分子」で、例としては水素(H2)、窒素(N2)、酸素(O2)が挙げられます。 等核二原子分子は、「並進動作」や「分子自身を軸とした回転」などの動きをします。

図6.二原子

次に、二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、六フッ化硫黄(SF6)、スチレン(C6H5CH = CH2)といった、複雑な構造の二原子分子があります。ここに例として挙げたものはほんの一部です。

図7.二酸化炭素 - 分子1個あたり、3個の原子を有する

 

図8.メタン - 分子1個あたり、5個の原子を有する

多原子分子にも、この前提が同様に当てはまります。

図9.六フッ化硫黄、分子1個あたり、6~7個の原子を有する

図10. スチレン - 分子1個あたり、16個の原子を有する

分子は力学的自由度が上がるほど、回転や振動遷移の頻度が上がります。 これらの分子は複数の原子から構成されるため、単純な分子よりも熱の吸収・放出率が優れています。 分子は移動頻度に応じて、特定の赤外線領域のエネルギー範囲に入り、赤外線カメラで高感度に検出が可能になります。

遷移タイプ周波数スペクトル波長
重分子の回転 109~ 1011 Hz マイクロ波(3mm超)
軽分子の回転と重分子の振動 1011~ 1013 Hz 遠赤外線(30μm~3mm)
軽分子の振動、構造の回転と振動 1013~ 1014 Hz 遠赤外線(30μm~30mm)
電子遷移 1014 ~ 1016 Hz 紫外線 - 可視光

表1. 分子運動の周波数と波長範囲

赤外線エネルギーの光子が(状態遷移により)分子に吸収される条件として、分子の有する双極子モーメントが、入射光子と同じ周波数で瞬時に振動できるものでなければなりません。この量子力学的相互作用により、光子の電磁場エネルギーが「遷移される」か、もしくは分子に吸収されます。

OGIカメラは、特定分子の吸収特性を有効に活用することにより、様々な環境の分子を可視化します。 カメラの焦点面アレイ(FPA)や光学システムは、数百ナノメートルレベルのごく狭いスペクトル範囲に特化して調整されているため、検出感度が非常に優れています。狭いバンドパスフィルター内の赤外領域で吸収されるガスのみ検出が可能です(図3、4)。

ガス流の可視化

ガス漏れの存在しない場所にカメラを向けると、カメラ視野内の物体から赤外線が放射・反射される様子がカメラレンズやフィルターで確認できます。 フィルターの効果により、特定波長の放射線のみが検出器を通過します。これにより、放射線強度の補償されていない画像がカメラから生成されます。物体とカメラの間にガス雲が存在し、フィルターのバンドパス範囲にある放射線がガス雲に吸収される場合、放射線はガス雲を通過することになり、検出器に到達した時点では放射線量が低減しています(図11)。

図11.ガス雲による影響

ガス雲と背景をはっきり区別して可視化するには、ガス雲と背景が互いに明瞭なコントラストを有している必要があります。つまり、仮にガス雲を通過した「後」の放射線量が、ガス雲に入射する「前」の放射線量と同じであれば、適正に可視化ができないことになります。(図12)図12中の青色の矢印と赤色の矢印が同じサイズである場合、ガス雲の可視化は行えません。

図12.ガス雲の放射コントラスト

しかし実際には、ガス雲中の分子から反射される放射線はごく低量であるためそれほど問題にはなりません。 ガス雲を適切に可視化するには、ガス雲と背景の「見かけ温度の差異」が不可欠な要素です(図13)。

図13. 見かけ温度の差異

ガス雲の可視化条件

  • カメラの可視化する波長帯の赤外放射線がガスに吸収される
  • ガス雲と背景に明瞭なコントラストがある
  • ガス雲と背景の「見かけ温度」が異なっている
  • また、ガス雲が流動していれば、さらに可視性が上がります
  • OGI機器を校正して温度測定を行うと臨界値が得られます。この臨界値を使用して、デルタT(ガスと背景間の見かけ温度)の評価が行えます。

 

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