赤外線サーマルカメラで石油の流出を検知

オースティン・リチャーズ博士

フリアーシステムズ、シニアリサーチサイエンティスト

 

石油が水中に漏れ出した場合、可視カメラで流出箇所を特定するのはきわめて困難です。 可視光の波長帯では、海水はたいてい濁って見え、上から見下ろすと暗く見えます。 また、高角度から海を見ると、水面に太陽や地平線、空が反射するため、大変明るく映ります。 海面の輝度はそのように大きく変化するため、水面を覆う薄い膜状の液体は、肉眼やカラーのビデオカメラでは識別するのが難しくなるのです。

夜間の石油除去

2010年のメキシコ湾での原油流出事故では、フリアーシステムズのカメラのおかげで、

対応クルーは24時間体制で作業し、真っ暗闇の中で原油を回収することもできました。

 

原油やディーゼルオイルは比重が軽いため、通常はしばらく海面に浮かんだままとなります。 油は、流れのない静水面ではとりわけ、しっかりとした膜を形成します。しかし、少なくとも肉眼で見た場合は、膜と水面のコントラストがあまり明確に見て取れないものです。 とくに、入射角が浅いと水面も油膜も暗く見えます。 海面が波立っている場合は、油を検知することがさらに難しくなります。上空の太陽や空をどう反射するかによって、波打つ海面が明るくなったり暗くなったりし、海水とあまり差がない油膜の部分がますます見えにくくなるからです。

しかし、頼れるのは可視光だけではありません。 別のスペクトルの波長帯を利用すれば、海面の状態や光の条件が異なっていても、油膜と水面のコントラストを大きくすることができます。 フリアーシステムズのエンジニアが先ごろ実施した調査から、流出した石油を現場で検知する上では、長波赤外線イメージングがきわめて有効だと考えられる根本的な理由が、少なくとも3つあることがわかりました。

 

 

可視光レベルの変動

油流出検知システムは、理想的には、天候に左右されることなく一日中いつでも継続的に作動することが望ましいとされています。しかし、人間の目でとらえることのできる可視光域では、海面の自然光は非常に大きく変化します。可視光線のレベルは、明るい晴天の日と、月や人工光源のない曇天の夜とでは、1億倍もの差が出る場合があります。しかし、スペクトルの熱赤外光波長域、特に長波長赤外帯の光量は多くても2倍程度しか変化しません。赤外線カメラは対象物自体が発する赤外線放射を捉えるため、夜間に照明を必要とせず、昼と夜の間でその外観はほとんど変化しません。

 

可視光線スペクトルでの反射が生み出す変動

自然の水域の表面は、特に波があったり、表面が波打っていたり、風が吹いていたりすると、可視光帯では、非常に不均一な光の反射をすることがよくあります。

水面の波が凸面と凹面を交互に繰り返す鏡のような働きをし、水面の見た目の明るさを急激に変化させ、浮遊油などの水面の特徴を簡単に隠してしまうのです。太陽光による干渉も、可視カメラには大きな障害となります。特に日の出や日没時にカメラが太陽の方を向いていると、水面に反射した太陽光によって何も判別できない状態になることがあります。一方、赤外線カメラは、可視カメラに比べ、太陽光の影響を受けにくいのが特徴です。

 

太陽は電磁波スペクトルの可視光部で最も強度が強くなり、その波長はおよそ500nmであるため、水面の油を見ようとすると干渉します。長波長赤外帯では、太陽放射は水面で乱反射しますが、その程度は極めて弱く、垂直入射近傍ではほとんど気になりません。太陽光の影響が少ない均一な曇りの日でも、可視光帯における水面の明るさの変動は、水面の反射率の影響を受け急激に変化することがあります。長波長赤外線カメラで見る熱赤外放射のほとんどは水面自体から放射されるもので、反射によるものではないため、影響は非常に少なくなります。この差が赤外線画像による流出油の検出を実用化するための基盤となっています。

 

クリアでハイコントラストな映像の作成能力

水面の油膜や軽油は、熱赤外光帯では水とは全く異なる見え方をするため、油膜の浮遊をはっきり捉えることができます。可視光帯では、明るさや見る角度が適切でない場合や、汚れた原油で膜が厚くなっていない場合には、油膜は非常に見えにくくなります。

一方、熱赤外光帯、特に長波長赤外帯(LWIR)では、水に反射した太陽光の影響はわずかです。

実験では、油や軽油の表面薄膜は、長波長赤外帯では水より暗く、中波長赤外帯(MWIR)では水より明るく見える傾向があることが分かりました。この見え方の違いは、水と油の屈折率、透過性薄膜に見られる干渉効果、熱赤外波長帯における油と水の放射率など、様々な現象が複雑に関係して生じます。

例えば、光学的に厚い油の膜は、油のバルク屈折率が高いため、熱赤外帯においては水よりも反射率が高くなります。光学的に厚く、かつ水面と熱平衡(同じ温度)にある油膜は、常に水より少ない赤外線しか放射しないため、常に水より暗く見えることになります。このような光学的に厚い油膜は、上空の冷たい空気を反映し、水に比べて暗く映し出されます。

実験的に観察された油膜では、長波長赤外線が油の最上層の分子に強く吸収されるため、油膜は長波赤外光帯ではほぼ端の部分まで光学的に厚く映ります。同じ油膜でも、中波長赤外線は吸収が少なく、光学的厚みがなくなるため、大きく異なる外観を呈します。これは中波長赤外線が薄膜を透過するために空気-油界面および油-水界面で反射が起きし、薄膜干渉効果をもたらすためです。

これは、水たまりにこぼれたガソリンが虹色の渦を巻いているように見えるのと同じ効果です。このような光学効果の結果、中波長赤外帯では、水上の油膜はまだら状に見える傾向があります。明暗が交互に繰り返される複雑なパターンで、膜全体の境界があまりはっきりしていないように見えます。中波長赤外帯では、長波長赤外帯に比べ、石油化学膜と海水とのコントラストは通常はっきりしていません。

流出した石油を比較

夕暮れ時に撮影された水上のディーゼル燃料流出。左:可視画像、中央:MWIR画像、右:LWIR画像

実験結果

フリアーシステムズの社員がニュージャージー州沿岸部のオームセット試験場で行った実験では、長波長赤外線カメラでは、可視画像や中波長赤外線画像よりも海水面の石油化学製品の流出物を良好に撮影できることが確認されています。

図1は、海面が穏やかな状態で、チャドのドバ油田で海面に流出した原油約100mLの様子を3枚同時に撮影したものです。視野角は垂直入射から45度です。

長波長赤外線画像では、油膜は水面上でコントラストのはっきりとした暗い斑点のように見えていますが、これは前述のとおり、油膜はバルク放射率が低く、したがって水に比べて反射率が高いためです。油膜はその上にある冷たい空気を反映して映し出されています。同じ油膜の中波長赤外線画像では、中央部が明るく、油膜が薄い部分は淡いリングに囲まれています。この反射率の違いは、油膜が中波長赤外線に対して部分的に透過しているためです。

この現象は水と油膜のコントラストを低下させるため、水上の油膜を可視化する上で中波長赤外帯は最善の選択肢ではありません。また、中波長赤外帯では、太陽光が波紋に反射することも適さない理由の1つです。可視画像では油と水の間に強いコントラストが見られますが、油が広がるにつれて見えにくくなります。可視帯では、油は濃い斑点を形成し、かなり暗く見えます。油自体はほぼ透明であるため、膜の中に浮遊する炭素粒子やその他の不純物が見ているためです。しかし、波が立っている状態では、時間や場所によって、水面に反射する周囲の光が変化するため、水面全体が非常に乱れ、黒い斑点以外の油は可視光帯では見えにくくなります。図2は、水面に軽油を流した実験結果です。可視光で撮影した画像には、軽油がかすかに写っています。この画像は夕暮れ時に撮影されたため、周囲の明るさが大幅に減少しているため判別しにくくなっています。中波長赤外帯画像では流出した燃料が明るい色で写っており、長波長赤外帯画像では暗い色で写っています。これらの画像から、熱赤外線画像は太陽光が少なくても、その影響を受けていないことが分かります。